駒澤大学陸上部に所属の「篠原倖太朗」選手。
5000m・ハーフマラソンの日本人学生記録を持ち
駒大のエースでキャプテンを務めています。
ラストイヤーを終え、卒業後の進路先が気になりますよね。
今回は、そんな篠原倖太朗選手の中学高校や
卒業後の進路先などをご紹介します。
駒大・谷中晴選手についてはこちら↓
篠原倖太朗 プロフィール

引用元:駒澤大学陸上競技部【公式】
篠原倖太朗(しのはら こうたろう)
🔵出身:千葉県山武市
🔵生年月日:2002年9月3日
🔵年齢:22歳(2024年11月現在)
🔵身長:175cm
🔵体重:57kg
🔵学歴:駒澤大学文学部(在学中)
陸上を始めたきっかけ
篠原倖太朗選手が陸上を始めたのは小学校の時。
もともと柔道をやっていたが体が小さかったそうです。
小学校のマラソン大会では優勝できるくらいの実力があったため
「陸上の方が向いているかも」と、地域のクラブチームで陸上を始めたのがきっかけだそうです。
そして中学では陸上部に所属し本格的に長距離に取り組み始めました。
篠原倖太朗 中学校は山武中学校

引用元:スポーツ報知
篠原倖太朗選手は、千葉県にある
山武市立「山武中学校」出身。
中学時代の陸上成績
中学時代の陸上成績は、千葉県中学校陸上競技記録会で1500mに出場し、4分27秒で7位という成績。
実際に1500mの優勝は3分台と言われているため、この頃はまだ決して速い方ではなく陸上選手として花開く前だったようです。
篠原倖太朗 高校は富里高等学校

引用元:日刊わしら
篠原倖太朗選手は、
「千葉県立富里高等学校」へ進学。
高校時代の陸上成績
3年時にはインターハイの代替となった
全国高校陸上で1500m 3位入賞。
そんな高校時代も徐々に力をつけてはいましたが
特にずば抜けて目立った選手ではありませんでした。
しかし高校時代での3年間は、
篠原倖太朗選手がのちに大活躍する
基礎を固めた時期でもあります。
指導者 北原慎也
高校時代に篠原倖太朗選手を指導していたのは「北原慎也」さん。
北原さん自身も駒澤大学出身で4年連続で箱根駅伝に出場されています。
当時、北原さんは篠原倖太朗選手を指導するうえで、
「将来性を感じるので伸びしろを残せるように、あえて練習量を抑えています」
と語っています。
練習量を抑えた理由は、
・身長もまだ伸びている途中だったこと
・自転車通学だったこと
「駅までかなり距離があるので、篠原君は片道20km、往復40kmの距離を自転車で通っていました。自転車で通う子が多かったので、陸上部の練習量を抑えていた部分もあります」
距離でいえばフルマラソンの距離を自転車通学していた篠原倖太朗選手。
脚力の強さや粘り強さの原点はココにあるのかもしれませんね。
また、北原さんが篠原倖太朗選手を大事に育ててきたんだなという想いが伝わるエピソードでした。
篠原倖太朗 三大駅伝の成績

引用元:駒澤大学【公式】X(旧Twitter)
そんな篠原倖太朗選手の三大駅伝での活躍はこちら↓
出雲駅伝 | 全日本大学駅伝 | 箱根駅伝 | |
1年時 | 1区 区間8位 | – | – |
2年時 | – | 5区 区間2位 | 3区 区間2位 |
3年時 | 1区 区間賞 | 3区 区間2位 | 1区 区間賞 |
4年時 | 6区 区間3位 | 7区 区間賞 | 2区 区間4位 |
1年時では苦戦しましたが
その後の活躍は見ての通りで
区間賞を含め上位の好成績を残しています。
最後の箱根駅伝では2区(区間4位)を好走し
チーム総合2位に貢献しました。
篠原倖太朗 卒業後の進路先

引用元:日刊スポーツ
篠原倖太朗選手の進路先は、実業団の「富士通」です。
駒澤大学OBの田澤廉選手や鈴木芽吹選手がいる
トヨタ自動車とも言われていましたが
最終的に富士通という結果に。
富士通には、
🔵塩尻和也選手(10000m日本記録保持者)
🔵鈴木健吾選手(マラソン日本記録保持者)
が所属する強豪チームです。
ニューイヤー駅伝では駒大先輩方と競う姿が
見れるかもしれません!
卒業後の目標
大学卒業後は、田澤廉選手と同様に実業団には籍を置くものの、拠点は駒大・大八木総監督の下で練習を続けます。
そして、今後の目標は、
🔵2025年の東京世界陸上
🔵2028年のロサンゼルス五輪(トラック)
🔵2032年のブリスベン五輪(マラソン)
で、勝負していくそうですよ。
世界で活躍する篠原倖太朗選手が楽しみですね♪
まとめ

引用元:ライブドアニュース
今回は、駒大篠原倖太朗選手の中学高校や
卒業後の進路先などをまとめてみました。
駒大キャプテンでエースと呼ばれるまでに成長した篠原倖太朗選手。
今後も更なる活躍に期待しています!!
駒大・谷中晴選手についてはこちら↓